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2009.10.25

あなたから買いたい 河野スポーツ (店長 中澤さん)

いつも買うスポーツ用品店です。
あらゆるスポーツの知識が豊富なことはもちろんですが、
店でスパイクを直していたりと技術力も抜群です。

とても気さくで話しやすい店長なので、会うとつい長話になったりします。

先日、4歳の娘とボール遊びをするためにボールを購入しに行きました。
丁寧な説明で「これが9号とか、これが10号」とか、実際に娘に持たせて
投げさせて、感触を見て、色々とアドバイスをくれて購入しました。
ボールを買うというと、ワゴンや棚に無造作に置かれていて、
「どれでも好きなの持ってって」と言わんばかりの所が多いですが(私もそれが普通だと思ってました)こちらの店は違います。

これと同じような件は沢山聞きすぎて、書ききれないのであえて書きませんが、スポーツをする人の信頼を集めています。

周辺案内も詳しいです。
私も商売柄なのか道案内の機会は多いですが、河野スポーツさんにはその対応力に驚かされました。というのは、自分が分からない時、私に電話して聞いてきたのです。自分の商売のことではありません。単に「こんな店がこの辺にありますか」の問いかけです。それを自分が知らなかったら「分かりません」と答えるのではなくて、知っていそうなところに電話をかけてまで対応しているのです。

そして、別方面からも書いてみます。
先日、学校図書納入の件で、とある学校でお会いしました。
図書館は4階にあります。
そこに、(ちょうどいい?)タイミングで店長にお会いしまして、
「手伝おうか。一緒に運ぶよ。どこにある?」と言われました。
本が重いなんてことは誰でも知っていることです。
しかも図書館が4階にあることもご存知です。
自分の仕事も当然大変なはずです。
何気ない一言ですが「すごい」と思った時でした。
(残念ながら?)汗だくになって納品は終わっていましたが、、
逆の立場だったら同じ事を言える自信がないです。
人間の大きさを感じた時でした。

上記のこと意外でも沢山ありますが書ききれません。
(聞きたい方は、私にでも、周辺の商店にでも尋ねて下さい。まだまだあります。)
あらゆる場面で発揮する「問題解決力と」真摯な姿勢は勉強させられるばかりです

私はスポーツ用品が欲しくなった時「この人に頼めば大丈夫」と思っています。それは消費者にとって、とても幸せなことです。「きっと自分の体型や希望にあった素晴らしいものを見つけてくれる」という安心感があります。最近は自分で選ぶのではなくて「この人に選んでもらって、それが使いたいなあ」とさえ思うのです。

http://kono.kofu-jokamachi.jp/index.html

山梨カーリング協会の会長でもあります。

2009.09.27

ほとばしる情熱 「自分の中に毒を持て」 岡本太郎

18863926.jpg自分の中に毒を持て 岡本太郎

「自分という人間の全存在、生命それ自体が完全燃焼するような生にかけるべきなのではないか」

すべてがこの思想に貫かれています。
その生き方では「破滅する」「社会から消される」と忠告され、社会通念と対立しながらも、安全で安定した道をとらずに、「危険な道をとる」生き方をしています。そこには、自分の哲学を持って、発言と行動に筋を通して生きた凄みが感じられます。自分自身の全存在をかけて生きる芸術家とは、こういうことかと、厳しさと強さを思い知らされます。

今までの自分の人生では(多分これからも)、このまま普通に生きていても、会うことはないの人ではと、思える人です。
むしろ、こういう人が世の中に存在していたというのが驚きです。
(それに出会えるのが本の良さですけど。)

ついつい、読んでいても真似できないと思ってしまいますが、
「岡本太郎だからやれるので凡人には難しいという人がいる。そんなことは嘘だ。やろうとしないからやれないんだ」と叱られた気持ちです。

ここまで強烈だと自分の中で発想の転換がおきるというか、
自分の小さい世界観が分かり、もう一つ大きなものを感じます。

岡本太郎さんについては、「芸術は爆発だ」と「太陽の塔」のイメージしかありませんでしたが、読んだ後では、作品に対して「生きるパッション」というものがもっと伝わってくるようです。

誰彼比較でも、通俗的な成功でも、日常の生活に埋もれるのでもなくて、精一杯に自分自身と戦いながら生きること、そして泥臭くても、這い蹲っても、自分の人生を全身全霊で生きて情熱をパアッと開かせること、そんなことを感じさせてくれます。「俺は生きたといえる人生」って言いたいですよね。

ほとばしる情熱を感じる一冊です。
ぜひ一読してみて下さい。
Posted at 23:50 | おすすめ本 | COM(0) | TB(0) |
2009.09.01

贅沢の条件

第20回読書会をします。今回の選書担当者は私です。

もう日が迫ってますが、下記の通りです。

■日時:2009年9月4日(金)18:30〜

■場所:花国さんの2階

■課題図書:『贅沢の条件』岩波新書 735円 山田登世子/著

ご興味のある方は、春光堂まで電話でもメールでもなんでもよいので連絡下さい。

雰囲気等々、気になる方もいらっしゃると思います。
ざっくばらんに意見交換をするので、心配ご無用です。
それでも気になる方はお気軽に聞いて下さい。

今回は花国さんの花を囲んでの読書会です。
その雰囲気だけでも、楽しそうです。
「贅沢」を大いに語り、ラグジュアリーな気分に浸ります。
終了後は、参加者が家に持ち帰って飾ってもらいます。
花を長持ちさせる秘訣も聞けると思います。盛り沢山ですね。
商店街の贅沢ってこういう所にもありますよね。

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さて、今回の選書ですが、昨年参加した商人塾での講義を踏まえて、この本を読みました。

(その商人塾については、以前の記事を見てください。)

クオールエイドの武雄先生より「ラグジュアリー」、「堪能」という言葉を教えてもらいずっと頭に残り続けていました。講義が終わってからも、自店の取り組みや、一緒に参加した商店からのお話(毎月一度集まって、各店の取り組みの話をします。)、そして講義内容も思い出しながら、レジュメを作りました。商店や商店街に限らずに、ビジネス、観光、町おこし等々様々な方面で、「贅沢」というキーワードは、今日において参考になるところがあると思いますので、ぜひご一読してみて下さい。

以下、レジュメ。

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得々読書会0020            
                                            
課題図書:「贅沢の条件」 岩波新書   山田登世子著 

1.選書について
  現代は、店余り、モノ余りで一般的な物はどこでも手に入り、低価格指向になりつつある。商店街が昔ながらの同じやり方では、ショッピングセンター(SC)やインターネット購買に比べて良さが少ないので、来街する理由が希薄になっている。しかし一方で、消費者が自分のライフスタイルにあったものにはお金をかける傾向もある。これからは、商店がすべての人を相手にする手法から、特定の消費者を満足させる方向にいく必要があるかもしれない。他では代えのきかないショッピングの実現には、「贅沢」というキーワードは参考になるのではないか。また、観光や町おこしについても、楽しいところが沢山あるのに、「わざわざそこに来る」という意味では、参考になるところがあるかもしれない。

2.全体の考察
  本書は「贅沢」を「歴史」、「人」、「ブランド」、「実体験」をベースにひも解き、
  それを通して今日における「贅沢の条件」とは何なのかを考える

3.各章の考察
  序章 贅沢の近代
    身分の表象に代わって、個の卓越性の表象を生み出したP6
   「時間の奴隷」の世界をオフにして、ゆっくりと時が流れる「閑暇」に身をゆだねることP10
    贅沢は「晴れの日」ではなく、日常ふだんの嗜みのうちにこそあるのだP11

第一章 リュクスの劇場 − きらびやかな男たち
   1.ヴェルサイユという劇場
     すべてが公的なものであり〜私的消費ではなく、歴とした「公務」だったP18
    「遊び」と「政治」がわかちがたく結びついていたP20(贅沢を惜しむと地位を失い追放P21)
    「閑暇」と「優雅」だけを関心事とした貴族的な精神P32
    
   2.ダンディズムの「喪の作業」
    ブルジョアジーによる「新しい貴族性」。「優雅な生活」を好む精神だが、ダークトーンに身を包む 
   
 第二章 背広たちの葬列 − ビジネス社会へ
  1.タイム イズ マネー 
    資本主義のエートスP38「暇なし生活」「閑暇」は悪徳P34
  2.「富」VS「贅沢」
     貴族の浪費からブルジョアジーの労働へ luxe(贅沢)から wealth(富)への転換P44
     ぺレール兄弟による動産銀行のセンセーショナルな躍進
     パリ万博「フランスの贅沢品をラグジュアリーブランドとして世界にアピール」p58
   3.消費する女たち
     男たちの勤労の「制服」と対照的に、女性が貴族の領分であった「装飾」を受け継ぐP61
     消費が「パブリック」から「プライベート」へ、夫の社会的ステータスを顕示する代行消費P68 
     贅沢の「即物化」、消費の「感性化」。奢侈は女の領分に移行し、贅沢が「女性化」P66
   4スーツを着る女性たち
     女性が家庭を出てビジネスに進出、シャネルによる装飾からの解放、「制服」の美学
     広くマスにうけたのは、女たちがみな同じようなライフスタイルP78 「有閑階級」が死語

  第三章 ラグジュアリーな女たち − さまざま意匠
    1.美の驕り
      高級娼婦の贅沢 サラ・ベルナール − 天才的な「伝説遣い」の舞台女優
    2.贅沢貧乏
      森茉莉 − 「贅沢は高価なものを持っていることではなくて、贅沢な精神を持っていること」
      堂々と朗らかに「楽しむ」もの、楽しいことを嬉々としてやることP99
      与謝野晶子 − 恋という贅沢 精神の貴族性
    3.趣味の貴婦人
      白洲正子 −「怠けて」暮らす贅沢「遊び」に生きる人
      リタ・リディング − 貴族の時代に舞い戻ったかのような贅沢

  第四章 禁欲のパラドクス − 修道院という場所から
    1.ココシャネルの修道院
      シャネルのモダニズム・シンプル、装飾を否定、黒と白 = シトー派修道会の厳格な戒律
    2.シャネルの贅沢革命
      歳月にたえる、つくりの良いもの、手仕事の確かさ = 修道院の「禁欲」が贅沢のルーツ
    3.修道院の美酒
      修道院の勤労と労働から美酒ワインの誕生
    4.手仕事の贅沢さ
      時間をかけるタイムもマネーも忘れた美しい魂。情報化できない「からだで覚える」
    5.禁欲と楽園
      修道院ホテルのラグジュアリー、プロヴァンス農家の贅沢

  終章 贅沢の条件 − 時をとめる術
    1.樹齢千年のオリーブ
     古いもの、伝統のあるものの価値。「聖なるもの」を無意識に求める畏敬の念。
    2.はるかなもの
     「はるけさ」−ゆったりした時の流れこそ「贅沢の条件」P187
     メディア情報による「贅沢な時間」の喪失−いかにして「時をとめる術」を手にするかP191

4.考えたいこと
 低価格の追求は、低賃金雇用や、国外産に行き着く。国内で消費物を売り続けても、働く人が低賃金だったり、作る先が外国だったりするのでは、さらに消費は先細りになっていく。生活の一つの局面として、一般消費物の低価格の方向は止められないが、もう一方で消費者の求める「贅沢」があると思う。様々な方面で、国産や地域産を元に「贅沢」を実現していくことは、新しい方向の内需拡大と、不況を脱していく要因の一つではないか。現代の生活では「タイム」や「マネー」から逃れられないが、生活の一部としての「贅沢」を提供する方向はないだろうか。様々な「贅沢感」や「ショッピング感」の意見を出して、考えを深めていきたい。
Posted at 22:51 | 読書会 | COM(0) | TB(0) |
2009.08.12

ラジオ体操

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今年もやってます。中心商店街ラジオ体操。
録音でやるので、ちょっと遅めの7:00開始です。高齢化もさることながら、参加者が少ないですね。
(もうちょっと若い人も住んでます。)毎年ほぼ同じメンバーで、残念ですが、皆さん毎年元気そうに参加するので何よりです。かく言う私も昨年は皆勤賞でしたが、今年は早くも休みました。すみません。

先日は、開始時刻の時差を狙って(?)他の地区に出てから、こちらに来るツワモノがいました。
誰でもウエルカムですので、中心街で体操をしたい人はぜひ7:00に来てください。
土曜日の参加は内緒のお楽しみもありますよ〜。

朝体操すると、すがすがしい気持ちになります。今年もできるだけ参加します。
2009.08.11

八百六

IMG_0376.jpg

八百六さん。はてな、どこかで聞いたような。

まあ、それはさておきまして、ご近所の八百屋さん。
当店から歩いて、東にまっすぐ5分くらいのところにあります。
私は日々の食材調達係りではないので、あまり買出しには行きません。

ですが、自分の好みで行きます。
最近のマイブームは、土曜日に娘とこのお店に枝豆を買いに行くことです。
そして、夕飯に茹でてもらって食べます。
次の土曜も楽しみです。

このお店の良さは何といっても、おばちゃんとの会話です。
おばちゃんとお話しながら、買い物をすると何だか楽しいのです。
店前を通ると、いつも違うお客さんと話しています。
中には座って話している人もいます。
みんな楽しみにここに来るのですね。
繁盛の秘訣かもしれません。

IMG_0380.jpgそして、こちらの町内は高齢化が特に進んでいて、簡単に出かけられないお宅に、おばちゃんが届けてくれます。とってもありがたいことです。効率だけを優先していたら、とてもできることではありません。こういう下支えがあるから、問題にならずに動いていることってあるんですよね。

中心街いいところです。一度壊して失くしてしまうと、二度と元に戻りません。

「逝きし世の面影」平凡社 を思い出しました。ぜひ読んでみて下さい。
日本は昔からの伝統を引き継いでいるように感じますが、明治に決定的に失われています。

何とか持続可能な街に再生していきたいものです。